平尾昌晃さん死去、創価学会の宗教による葬式?印税は奥さんに

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昨年7月に肺炎でなくなった平尾昌晃さんの噂が色々挙がってきています。

今ニュースでは三男の勇気さんが注目を浴びていますが、様々な観点から見ていこうと思います!

 

平尾昌晃さんプロフィール

平尾昌晃(ひらおまさあき)1937年12月24日生まれ

作曲家さんであり、歌手です。

出生名は平尾勇さんでしたが、幼少時にたびたび改名し、デビュー初期の芸名である「昌章」を経て、最終的には本名の通り平尾昌晃を芸名とされていました。

東京都の牛込生まれですが、終戦後、神奈川県の湘南エリアに移住し、藤沢市にある湘南学園で小中学生時代を送っておられたみたいです。

シングル「リトルダールン」でデビューし、ロカビリー歌手として人気に。。

その後、作曲家として「瀬戸の花嫁」「森の摩周湖」「夜空」「よこはま・たそがれ」などヒット曲を手掛けられておられます。

「NHK紅白歌合戦」の最後を飾る「蛍の光」の指導者としても知られています。

初耳でした!

改めてすごいだったんですね。。

そして2018年7月に肺気腫のためお亡くなりになりました。。

 

創価学会に入っていた?お葬式は?

SNSでは平尾昌晃さんが創価学会に入っていたのでは?という声が多くみられます。

しかし調べてみたところ。。

その一方で、学会員でありながら沈黙を続ける学会系タレントも多い。
創価学会の幹部会に出席し、池田大作名誉会長から激励されたと報じられた氷川きよしも取材には「一切関知していない」(所属事務所)という姿勢を貫く。
が、それでも学会にとってメリットがあるのだという。
「本人が言わなくとも、マスコミが学会員だと書いてくれればそれでいいのです。口コミによって”あの人も学会員ですよ。雑誌に出ていたでしよう”といえぱ、カミングアウトしているタレントと同じ効果がある」(学会関係者)
確かにマスコミの取材に対して、学会員であることを否定するタレントは少ない。「ノーコメント」と答えれば、マスコミは”学会員リスト”に入れる。そうした対応も、もはや織り込み済みということなのか。
しかし、学会から離れていく芸能人が後を絶たないのも事実である。
「じつは、加藤茶や平尾昌晃など、学会系芸能人の古株たちの一部はここにきて距離を置いている。報復を恐れて表立った批判こそしませんが、学会系メディアヘの露出はすべて断わっている」(芸能プロダクション幹部)
実際、加藤の事務所は「ノーコメント」だったが、平尾の事務所は、
「両親が会員だったので平尾も入っていましたが、すでに脱会しています」
と明言した。
本誌既報(3月18日号)の通り、幼少時から学会活動を行なってきた杉田かおるも脱会した芸能人の1人だ。
前出の乙骨氏は、若手が隆盛を極める反面、ベテランに脱会者が相次ぐ背景には、創価学会の危険な”本質”があると指摘する。
「今も昔も、創価学会は”総体革命”を実現させることが目的なのです。これは、社会の枢要なポストを学会員が占め、学会が社会を動かすという思想。彼らにとっては芸能人を広告塔にすることも、革命の一環に過ぎない。年齢や人生経験を重ね、そこに気づいたタレントは次々と脱会するのです」
創価学会は創価大学に「国家試験研究室」を設置し、裁判所や外務省など主要省庁に人材を送り出しているほか、マスコミをはじめ大手商社、通信、メーカーなどの一流企業にもネットワークを張り巡らせてきた。いずれも総体革命実現のためだとされる。
現在進行中の学会系芸能人による新戦略も、総体革命を成し遂げるための布石なのか。創価学会広報室は、
「特定の職業について特別な指導を行なうことはない」
と否定しているが、前出の古谷氏はこう警鐘を鳴らす。
「創価学会とは、自分たちと相容れない考え方を持つ人間を徹底的に排除する組織です。それは現在も変わっていない。万が一、総体革命が実現すれば多様な言論は封殺され、息苦しい社会が到来することになる。そのことを、どれだけの学会系芸能人がわかっているのでしょうか。ただ、”学会の動員力があれば売れる”と考えているとすれば、あまりに思慮が浅い」
画面に頻出する学会系芸能人。ことは単なる”テレビジャック”では済まされない。

上記上では、入っていたが退会した、という感じでしょうか。。

あまり載っていなかった、というのが現時点での事実です。。

平尾さんのお葬式は実際、密葬で終わったそうです。

 

遺産は奥さんに?

今の奥さんは後妻、3人目です。

報道によると、平尾昌晃さんとA子さんは30年前の食事会で出会い、平尾昌晃さんがA子さんを気に入ったそうで。。

それから30年ほどA子さんは平尾さんのマネージャーを務め、5年前にご結婚されたそうです。

出会ってから30年間傍にいたとのことで、「事実婚状態なのではないか?」という声も上がっています。

このA子さんが誰なのか、ネットでは様々な憶測が飛んでいます。

というのも、A子さん本人は今回表に出ていないため、報道でも顔の部分にはモザイクがかけられているためです。

しかし、平尾勇気さんのブログを確認すると、はっきり村田(平尾)三枝さんの名前が。。

この村田さんという女性は、平尾昌晃ミュージックスクール出身で、卒業後は20年以上にわたってマネージャー的な存在だったと言われています。

村田三枝さん個人の写真は”マネージャー”という立場上、出回っていませんでしたが、平尾昌晃さんの葬儀の時の写真(顔写真モザイク)を見つけましたので、載せておきますね。

今、このA子さん(後妻)と平尾昌晃さんの三男勇紀さんとでもめていますよね。。

もめている経緯は

5年ほど前に戸籍謄本を取ったら、父とA子さんが結婚していることがわかったんです。びっくりして彼女に電話したら、“言うタイミングがなくて”って話すだけ。

めちゃくちゃ大事なことじゃないですか。隠しておくっておかしいでしょ。父は入退院を繰り返すなど具合が悪い時期だったので、“せめてA子さんが子どもたちに連絡するべきじゃないの”って言ったんです」

  • 遺産60億を独占しようとした
  • 極秘株主総会で社長に
  • 自社株の売買が不透明

ということらしいです。。

遺産が莫大ですと大変ですね。。

亡くなった平尾昌晃さんの遺産は、全部で60億円あるそうです。

60億って、すごい金額ですよね…。

一般人からしたら、ちょっと想像できない金額です。

これらは、本来であれば妻や子供たち(3人)が相続するものなのですが、これをA子さんが独り占めしようとしたのではないか?と勇気さんは主張しているのです。

というのも、相続手続きでA子さんに呼ばれた3人は、相続の書類だと説明されてJASRAC権利継承同意書にサインをしています。

しかしこの同意書、サインした時点では「誰が」相続するかの欄が空欄となっており、さらに「単独用」の書類となっていたのです。

「単独用」の書類は、一人が相続する場合に使用されるもので、今回のように複数人で相続する場合「共同用」を使用する必要があります。

後々このことに気づいた3人は、この書類を差し止める手続きを行っています。

このことについてA子さんは、「共同用の書類があることを知らなかった」とコメントされていますが、3人の不信感は増すばかりとなっています。

 

まとめ

本日、平尾勇気さんが改めて会見を行うとのことで、ますます注目が集まりそうですね!

家族同士の骨肉の争いということで、早く解決されることを祈ります。

 

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